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ラウンジグレースの歴史
— 母が灯し続けた、あの頃の笑顔と思い出 —
今から数十年前。
尼崎・長洲の街に、小さなスナックが誕生しました。
店の名前は「ラウンジ グレース」。
それは、母が一人で始めた夜の小さな社交場。
ママの笑顔が、この街の灯だった
カウンター越しに注がれるグラス。
誰かが歌えば、自然と手拍子が響き渡る。
涙がこぼれそうな夜には、そっと寄り添い、話を聞いてくれた「ママ」の存在が、
多くの人にとって、心のよりどころになっていました。
「ただの店」ではなく、「帰る場所」
サラリーマン、職人、商店街のご主人、
そして若者たちまで…
世代を超えて愛されたラウンジグレースは、
「また来るわ」「今日も寄っていい?」と自然に口にしてしまう、そんな“第二の我が家”でした。
時代は変わっても、あの灯は消えない
やがて、母は年齢を重ねて店を閉じることに。
でも、この場所には“人が集まる力”が残っていました。
その温もりを絶やしたくなくて、
息子である私が、寿司とスナックを融合させた新たな形──
**「鮨しょう菜」**として、この場所を受け継ぎました。
ラウンジグレースの想いは、今もこの場所に
母が笑っていたカウンター。
あの懐かしい椅子、流れていた昭和歌謡。
ラウンジグレースの面影は、今もこの店にそっと息づいています。
「初めて来たのに、なんか落ち着く」
そんな言葉を聞くたび、母が守ってきた空気が、
今もこの空間を包んでくれているのだと感じます。


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